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これまで数多くのカイロプラクティック・オフィスのHPを拝見してきた。
その際、私は必ずプロフィールやスタッフ紹介をチェックしている。

学歴が小学校から書いてあったり、過去の職種に触れているものもあったりする。
その書き様は人それぞれであるが、その人となりが垣間見れるようで面白い。

その中で、過去の栄光にスポットを当てている人も少なくない。
あらゆる種目における全国大会やインターハイ出場は決して珍しくなく、中には元プロ選手だっている。
スポーツ・カイロプラクティックがあるように、やはり体育会系が多いのだろうか。

“Don't Think. Feel”

かつてブルース・リーが残した映画の中での有名なセリフだ。
もはや、単なるセリフの域を超えた明言の1つとして紹介されることも多い。
特に体育会系の人からは共感と絶賛されている。

とどのつまりで、最終的に行き着くところが“感じる”ということなのかもしれない。
こうして書いたり言ったりするのは簡単だが、実際はそう簡単なことではないと思う。

少なくとも、私はそう”感じて”いる。

拍手[8回]

先日、先輩の先生とご一緒した時、仰っていた一言がある。

「感じればいいんだ!!」

カイロプラクティックはパルペーションを通じて状態を把握しなくてはならない。
首を触って、背中を触って、目に見えない骨をスキャンする。

「なんでそんなことが分かるんだ??」と、学び始めの学生は言う。
「そんなの分かるはずがない」と、医者の先生方は卑下しながら言う。

当然である。
“感じる”ことができていないのだから。
かく言う私も、恥ずかしながら“感じ”られる方ではない。

私はよく“指先の集中力”という表現を用いる。
が、これも裏を返せば“感じる”ことができていないからこその表現とも言えるだろう。
そして、それはその通りだと思う。

そもそも、“感じる”とは何ぞや??
頭でっかち故か、“感じる”ということを考えるという、訳のわからないことをやってしまう。
それでは動けようはずもない。

俗に言う“運動神経”の有無は、スタートの時点では大きな差をなって現れる傾向がある。
だからといって、その差が縮まらないことはない。
それどころか、逆転の可能性だって大いにある。

負け惜しみに聞こえるかもしれない。
それでも言ってしまえば、彼らはちょっと“運動神経”がいいだけだ。
皆が皆、天才なわけではない。

天才とは、理論とはかけ離れたところで結果を出してしまう人のこと。
かつて、“名将”と呼ばれた野村克也サンは数人の選手を天才と称した。
しかしながら、称された選手たちが皆、一流の選手として名を残しているわけではない。

思うに、努力をしない天才はいない。
一流と二流との差はどれだけ進化したかではないだろうか。
その過程において必要とされるのが、コーチングである。

先の先生は、「オレはコーチングはできるけど、ティーチングはできない」と仰っていた。
なるほど、確かに“感じ”られる人が「どうやって“感じる”のか」なんて説明できようはずがない。

“Don't Think, Feel” 

やはり、この一言に尽きる。

コーチングとティーチングは違う。
これを履き違えると、どんな逸材も凡人と化してしまう。

ティーチングとは教える側から教わる側への一方通行であり、当人は往々にして受け身となる。
それだけでなく、教える側から答えが出てくることも少なくない。

これに対し、コーチングとは当人を目標に導き運んでいくことが基本となる。
この場合、疑問も目標も、そして答えをも当人が出さなくてはならない。

最も大きな違いは、両者の関係にある。
ティーチングが言わば師弟関係であるのに対し、コーチングの場合は対等な関係となっている。
少なくとも、私はそう理解している。

セミナーの告知などで「独自の理論」などという表現を目にすることが多い。
“独自”である以上、ティーチングと考えるのがスジかと思う。

が、“独自”がカイロプラクティックと称していいモノなのかどうか、意見の分かれるところではあるだろう。
加えて、これが“独自”のコーチング理論だったりすると、更にややこしい話となってくる。

おそらく、JACもこの点に関してはヒジョーに曖昧である。
それ以前に、考えたことすらないと思う。

あ、違うか。
JACに意思は存在しないんだったな…。

学位持ちでない不特定多数の相手に対するティーチングは規制の対象となる。
しかしながら、コーチングに関してはその限りではないと解釈できる。
この曖昧さにつけ込んで、ティーチングのセミナーが後を絶たないことは想像するに容易い。

まあ、JACが何の声明も出せないヌルい状態の今、セミナーをガンガンに受けるチャンスとも言えるだろう。
特に、“感じる”ことのできないままで野に放たれた人にとっては尚更だ。

そんな私は最近、とある方法で背骨に触れることで変化が“感じ”とれるようになってきた気がしている。
そう“感じ”られるまで、時間にして4年強かかった。
その間、何が分かるわけでもないのに、それでも繰り返し続けた。

そう、愚直なまでにやり続ける。
その上で目に見えない何かをつかみ取る。

私にはこれしかないと、現時点ではそう思っている。
決めつけはしないが、それ以外の方法が今は思いつかない。

コーチングが必要なのかな…。
ふふ。

ちゃんとカイロプラクティックしなさい。
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Don't think!
久しぶりに覗かせて頂いたら、まさにタイムリーな話題。今日の午前中のテクニッククラスで「Don't think!」「考えずにパワー炸裂させなさい!」と言われたばかりでした。頭でっかちであるらしい私にとって、カイロプラクティックの道に進む以前も言われたことのある言葉。でもDon't thinkだけでは乗り越えられないこともわかっています。特に体格差がはなはだしい私の場合。ということで、悔しい思いのまま、ビデオに撮って頂いた私のアジャストの様子を見返し、必要そうなトレーニングを自分なりに「考え」ました。「だからといって、その差が縮まらないことはない。それどころか、逆転の可能性だって大いにある。」その通りだと信じています。あきらめるのはいつだってできるし^^。

元気を頂きました。ありがとうございます。そしていつも記事を楽しみにしています。(Life Univ. 留学中)
Harukaさん / 2013/02/09(Sat) / URL
Re:Don't think!
“感じる”にも人それぞれありまして、考えありきで感じられることもあるように思います。他人のことを言えるレベルではありませんが、やっぱり“継続は力なり”が基本になるのかもしれませんね。

留学中はいろいろ大変なこともあるでしょうけど、同様に吸収できることも多いと思います。様々な体験や勉強を糧として、素敵なカイロプラクターになってください。

コメントありがとうございます。
 (2013/02/11)
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