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カイロプラクター
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「カイロプラクター」を名乗る者はたくさんいる。
その是非は別として、初対面における質問は大体決まっている。

「どうしてカイロプラクターになったんですか??」

私の場合、親がカイロプラクティックを生業としていた。
つまり、生まれた時から既にカイロプラクティックが手の届くところにあったのである。
そこからすんなりと後を継ぐかどうかは、また別の話。
とにかく、稀なケースであることは間違いない。

では、他の人が一体どのタイミングでカイロプラクティックを知るに至るのか。
私からすれば、ヒジョーに興味のあるところではある。

大抵の場合、最初は単なる一利用者から始まる。
そこで出会ったカイロプラクティックに感銘を受け、その道に進んだというパターンが多い。
何も無いところからカイロプラクターを志すというのは、なかなか勇気のある決断ではなかっただろうか。

「手に職を持ちたい」という理由からカイロプラクティックを選ぶ人はそう多くはない印象を受ける。
「手に職を」となると、国家資格のある方を選んでしまうのかもしれない。
やはり、感銘を受けるくらいのインパクトがないと、カイロプラクティックは選びにくい現状があるようだ。

まあ、何にしても、物事には「きっかけ」というものがある。
偶然出くわした「きっかけ」もあれば、自ら掴みに行く「きっかけ」もある。

ところが、昨今は「きっかけ」を与えてもらえるのを待っているだけの人が増えたように思える。
これは、少し前から流行の如く使われるようになった「草食系」にも繋がるような気がする。
つまり、自分から動こうとはしないのだ。

正直、私には理解しがたいところである。
「きっかけ」とは、言い換えれば「チャンス」でもある。
「チャンス」は自ら掴みに行かなくてはいけないし、また、確実にモノにしなければならない。
「チャンス」に結果を残せた者、それがスターである。

別に「スターを目指せ」とか言うつもりはないが、かといってそのチャンスをわざわざ棒に振るのはどうかと思う。
誰しもうすうす気づいているとは思うが、チャンスはそうそう訪れるモノではない。
せっかくのチャンスに対しては真剣に取り組みべきである。
仮にチャンスを逃したとしても、その時の経験は自分の中で確実に残る。

「しなくてもいい経験」はあるが、「ムダな経験」は無いと、個人的には思っている。
例えば、高速道路を走って横断するような、そんな経験はしなくてもいいだろう。
しかし、実際に経験してみると、そこから得られるモノが少なからずあることに気づかされる。

うーむ…、喩えが上手くない…。

仮に、良いセミナーがあるとする。
そして、主催側の好意により、そのセミナーをタダで受講できたとする。
そうなれば、よっぽどのことがない限り、参加してくるものである。

ところが、その続編が開催され、いざ実費となった途端、参加を見合わせる連中のまあ多いこと。
理由を聞いてみれば、まるで口裏を合わせたかのように「高い」「金欠」を繰り返す。

意味が解らない。
B級グルメならぬB級テクニックでも探してるつもりなのだろうか。

金欠金欠と言うが、じゃあ、いつになったら金欠ではなくなるというのか??
確かに、卒業して就職すれば多少は潤うのかもしれない。
が、多くのセミナーでは学生料金が設定してあるため、卒業後ではむしろ高くつく場合が多い。
それどころか、就職後になると、今度は「忙しい」という口実で、結局参加してこないのである。

そうした「言い訳」を繰り返し、終いには責任転嫁することで自らを正当化し始める。
「もっと安かったら行くんだけどな…」
「高すぎるんだよね」etc.

そうした言い分も、ある程度までは理解できる。
しかし、既にセミナーの良し悪しを体験し、良いモノだと知った上で参加しないとなると、その思考回路は理解に苦しむ。
「良いけれども、自分にとっては違う」とでも言うのだろうか…。

だとしたら、一体どれだけのモノを求めているのだろう??
それ程までに完璧なモノを探し求めているというのか。
その割には、自ら動きまわっている素振りが見られない。
労力を惜しみ、身銭を切ることを避けながらも、完璧を求める。

要は、単にムダな出費や損がしたくないだけではないのか。
興味はあるけど、少しでもリスクがあるのなら避けて通るどころが、その場に止まろうとする。
やはり「草食系」なのかもしれない。

別に「草食系」を否定したり、悪く言うつもりはない。
「草食系」の提唱者と同じで、「そういう考えの人もいる」ということで認められる。
ただ、その言動から本人の向上心を感じ取ることはできない。

その一方で、一見もっともらしいことも言ってくる。
先に予防線を張っておくことで、傷を最小限に食い止めようという「理論武装」というヤツだ。
ところが、言葉を重ねていくうちに、その装備の薄っぺらさが垣間見えてくる。
そうなると、却って虚しく思えてくるのだが…。

「つまらない」を連発する人がいる。
こういう人は大抵、好きなことしかやろうとしない。
「何かない??」と言いながら、提示された「何か」が気に入らなければ受け入れない。
そして「つまらない」「何かない??」を繰り返す。

好きなことだけやって生活していくことは、子供か所ジョージさんでない限り、まずあり得ない。
「つまらない」ことをやった上で好きなことをやると、その楽しさが倍増するのだ。
そうでないと、たとえ好きなことでも、飽きてしまえば「つまらない」ことになり下がってしまう。

カイロプラクターがカイロプラクティックを行うのは当然のことである。
かといって、カイロプラクターがカイロプラクティックだけをしていれば良いというモノでもない。

何だかんだ言い訳を繰り返し、自分から動こうとしないカイロプラクターとその予備軍。
その姿勢からは、「カイロプラクターとして何がしたい」といった、先に向けてのビジョンが全く見えてこない。
そこには、フィロソフィーも存在しないのだろう。

言い訳の先には一体何があるのか??
何のための言い訳なのか??
何も無いのであれば、言い訳そのものにも意味はない。

結局、何にしても本人の気持ちひとつの問題なのだ。

言い訳なら、聞きたくないね。

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