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いろいろ書いてはいるが、当の私も最初はヒーラーを目指していたかもしれない。
実のところ、「目指していた」と言うほどの強い意志や意識を持っていた訳ではない。
カイロプラクティックにそれ程の魅力を感じていなかったというのが正しい表現だろう。
つまり、「たかがカイロプラクティック」に過ぎなかったのである。

それでも、多くの人との出会いや感銘を受ける出来事を経て、その考えにも変化が現れる。
ヒーラーもいいが、まずはカイロプラクターとして何ができるのかを考えるようになった。
いちいち医者に行くまでもなく、より身近な健康アドバイザーとして存在できないか。
それこそがプライマリー・ケアとしてのカイロプラクティックの在り方ではないのか。

四の五の言ってないで、まずはカイロプラクターになろう。
ヒーラーになるならなるで、それはカイロプラクターになった後の話だ。
そう思うようになってから、迷いはなくなった。

カイロプラクティックを面白いと思えるようになったのも、それからだったような気がする。
それは「されどカイロプラクティック」よりも、ほんの少しだけ強いように思えた。
それでも、時に「ヒーラーになれたらいいな」とは思う面はある。
が、その前段階のカイロプラクターとしての自分に満足がいかない。
別にカイロプラクティックを究めようとか、そんな甘いことを考えてる訳ではない。
しかし、ヒーラーを目指そうとする事は、ある意味カイロプラクティックを諦めなくてはならない。

究めるということは他のコトには目もくれず、1つのコトに没頭することである。
究めるということは、何かを諦めることでもある。
諦めたコトが多ければ多いほど、雑念なく集中することができ、結果、究める境地に近づけるのかもしれない。

ヒーラーを陸上競技に例えれば、十種競技の選手のようなものではないだろうか。
日本ではあまり評価・認知度共に高くないようだが、欧米では十種競技の勝者は「キング・オブ・アスリート」と称される。
十種競技の世界記録は目指せるが、各種目を極めての世界記録への挑戦は諦めざるを得ないだろう。

ヒーラーになるのであれば、高いレベルでのオールマイティーでなければ意味がない。
単に卒業しただけの「ペーパー・カイロプラクター」が次の段階へ進んでも、あまり有用性が高いとは思えない。
自分の中で核となるモノがなければ、結局何をしているのか分からなくなってしまう。
ヒーラーを目指すということは、それだけの強い決意が求められるのではないだろうか。

カイロプラクティックは万能ではないので、そういう意味での限界はある。
予防目的でない限り、同じ症状での“古株”利用者がいるというのは、本来オカシイ。

「カイロプラクティック診断・治療も間違っていないのに、どうして同じ症状で通い続ける人がいるのか…??」
カイロプラクティックを修め経験を積んだ先生の言葉であれば、それは十分に説得力がある。
それだけに、他のアプローチを試そうとするその思いは探究心で満ち満ちているに違いない。
そう、カイロプラクティックを志そうと決めた、あの日と同じように。

相手の心を大切にすることは、自分の心を大切にすることに繋がる。
自分の心を大切にすることは、相手の心を大切にすることに繋がらない。

カイロプラクティック治療を受ける人の気持ちを大切にすることは、カイロプラクターである一治療家としての気持ちを大切にすることになる。
しかし、カイロプラクターがカイロプラクティックをより重視してしまうと、時に相手の気持ちを蔑ろにしてしまう場合がある。
おそらくはそこから、以前述べた「カイロプラクティックって誰のモノ??」という話に繋がっていくのだろう。

「患者が良くなれば、それでいい」
極論を言えば、思いは皆同じだろう。
ただ、その言葉にどれだけの深みが伴っているものなのか。

そこにカイロプラクティックという軸があれば、狙い通りの結果が期待できる。
軸がしっかりしていなければ、そのうちブレが生じるだろう。
結果オーライはそうそうないし、それを治療と呼ぶこと自体おこがましい。

「カイロプラクティックだろうが整体だろうが、患者さんが良くなればそんなのどうだっていいんです」
言うだけなら誰でも言えるが、軽々しく言うんじゃない。
それこそ10年、いや20年早いというものだ。

思えば、カイロプラクターもベテランになればなるほど、自然とヒーラーに近づいていっているような気がする。
ひょっとしたら、それは文字通りに、ごく自然の流れなのかもしれない。
もっとも、私のようなヒヨッ子にはまだ解る由もない…。

カイロプラクティックを勉強するのなら、カイロプラクターになるべきだ。
今の私に言えることは、ただそれだけ。

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