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とあるカイロプラクターのブログにこんな一節が書かれていた。

「“矯正”と“調整”は違う」

それはそうだ。
ここまでは納得だが、この後はこう続いていた。

「ちゃんとカイロプラクティックを勉強していれば“矯正”という表現は出てこない」らしい。

そうなのかな??
ぢゃ、私は勉強が足りていないということで…。
まあ、私に限って言えば頭も足りていないので、この辺りは仕方がないこととして諦めよう。

英語で書くと、“調整”は"adjustment"となる。
一方、“矯正”は"correction"となる。
カイロプラクターはよく「アジャストする」という言い回しをするので、単純に“調整”が適しているようにも思える。

また、言葉の感じからすると、“矯正”の方が意味がキツく聴こえるのかもしれない。
“調整”の方が、まだ何かしらの自由があるように思える。

というより、“矯正”は施術側から一方的に受ける感が強い。
それに対し、“調整”は本人自身もコントロールできる余地が与えられているように思える。

うーむ…。
ここは足りないなりに少し考えてみようか…。

しつこいようだが、ここで改めて書いておこう。
カイロプラクティックというのはサブラクセーションを取り除くのみである。
つまり、サブラクセーションを取り除くという“調整”をするのがカイロプラクター、ということになる。

ここで、その“調整=adjustment”を考えてみよう。
adjustmentの要素の1つとしてLine of Drive(LOD)というモノがある。
これはアジャストメントにおいてスラストする方向を意味している。

ところがである。
LOCというモノもあるのだ。
あまり馴染みがないようなのだが、これはLine of Correctionの略である。
こちらはアジャストメントによって矯正される方向を意味している。

つまり、LOCありきのLODということになる。
よって、「矯正」という表現を頭ごなしに非難するというのは、個人的には違和感がヒジョーに強い。

ただ、カイロプラクターの行う「矯正」に対する否定的な発言も理解できない訳ではない。
「矯正」という表現が「治療」に限りなく近いイメージがあるからだ。

そもそもカイロプラクティックに「治す」という概念は無い。
「治す」のではなく「直す」だけ。
本来あるべき位置に「直す」のである。

個人的には、「治」しにかかったらもうカイロプラクターではないような気がする。
「治」しにかかると、どうしても症状を追いかけがちになる。
そうして、いつしかカイロプラクティックの本質を見失っていく。

たとえば、施術をしても良くならないケースがあるとする。
初めは自分の技術不足を嘆くも、一度現場に出てしまえばそう嘆いてばかりもいられない。
カイロプラクティックへのこだわりを抱きながら試行錯誤を繰り返す。

そんな中、“患者”が良くなるのであれば何でも取り入れようとする人がいる。
医師はもちろん、理学療法士や鍼灸などの資格を持っている人であれば、それは当然の発想なのかもしれない。
要は、「治す」ことに抵抗がないのだ。

そのことを別に非難するつもりはないし、できようはずもない。
ところが、何らかの有資格者でカイロプラクティックを学んだ者の中には、本人自らも含めてカイロプラクターを否定的に見てくる人がいる。

こういう人たちは、おそらくカイロプラクティックの行く末などに一切の興味も示さないのであろう。
極端な話、カイロプラクティックが無くなっても何とも思わないのかもしれない。
そういう意味では、やはりカイロプラクターではないのだ。

そうなると、カイロプラクティックも“治療”手段の1つとして扱われる。
そこには哲学も理論もヘッタクレもない。

やはり先に勉強してきたことの方がより愛着があるというのはあるのかもしれない。
一度は魅了され、学校への入学を決意するまでに感情の昂りを覚えたカイロプラクティック。
しかしながら、所詮は一時の浮気の域を超えるまでには至らなかったということか。

そんな人達からすれば、カイロプラクティックも単なる都合のいい女(男)の1人に過ぎないのかもしれない。
もっとも、本人はそれを浮気とは決して認めないのだろうがな…。
もちろん、本気であろうはずもない。

今から思えば、バックグラウンドのある者ほど学校に、そしてカイロプラクティックに対し文句を垂れていたような気がする。
哲学も理論も無視して、自らのバックグラウンドに当てはめて考えるのだから、そりゃあ文句も出るだろう。
なるほどな。

結局は、カイロプラクティックに対する愛情があるかないか、その差ではないかと思っている。
もちろん、愛情の形にはいろいろあるので一概には言えない。
それでも、愛情の有無はハッキリと分かる。

私はカイロプラクターである。
私からカイロプラクティックを奪われてしまったら、後には何も残らない。
仮に浮気に走ったとしても、最終的に帰る処はカイロプラクティックしかない。

だから、私は愛を持ってカイロプラクティックを行っていく。
LOCを考え、LODを合わせ、そこに愛のあるスラストをもってアジャストする。
この基本姿勢はこれからも決して変わることはないだろう。

このブログ上ではこれまでも何度となく書いてきたが、更に改めて書く。

カイロプラクターは何も「治」さない。
「治」しているとしたら、少なくともその瞬間のアナタはカイロプラクターではない。
その自覚だけは持っていて欲しい。

そして、カイロプラクターならちゃんとカイロプラクティックしなさい。
それが学位持ちであれば、尚更だ。

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深いねぇ~
日本語の表現って微妙で難しいですね。でもこのような基本的なことを時折突き詰めて考えるのは良いことですね。患者の体自身が治っていくんだな。
Dr.岡井さん / 2011/09/01(Thu) /
Re:深いねぇ~
施術される側からすると、どうでもいいような話なのだと思います。しかし、施術する側としては常に意識していなければいけないことだと考えています。カイロプラクティックに関わる人たちが何か感じていただければ、私としては満足ですね。

コメントありがとうございます。
 (2011/09/02)
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