忍者ブログ
決して上から目線でモノ言うわけではありません。
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
時計
プロフィール
HN:
謎の東洋人 モト山本
性別:
男性
職業:
カイロプラクター
趣味:
安物腕時計蒐集
最新コメント
[03/16 ある参加者]
[03/06 もぐもぐ]
[01/30 NONAME]
[01/30 NONAME]
[04/21 車田暁則]
[04/19 車田暁則]
[03/11 車田暁則]
[03/11 匿名]
[03/08 車田暁則]
[03/08 匿名希望]
最新トラックバック
カウンター
ブログ内検索
バーコード
アクセス解析
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

昨年末だったか、おもむろに家のドアホンが鳴った。
私が出ることは基本ないのだが、荷物が届いたりする時期だけに無視しにくい。
しぶしぶ受話器を取ることにした。

受話器の向こうには、声の感じから40代を思わせる女性が話しかけてきた。

「この度、薬を使わない全く新しい治療法が開発されまして…」

正直、『またか…』といった感じである。
このテの宣伝や広告は定期的によく電話で掛かってくる。
そのうちのいくつかは、このブログ上でも紹介させてもらった。

ただ、今回は直接訪問しての行為である。
ウチがカイロプラクティックを生業にしていると知っていての行為なのか??
いい度胸してやがんな…。

「チラシを入れておきますので…」と言うので、好きにしてもらうことにした。

さて、どんなチラシなのかな…。

拍手[8回]

しばらくして、夕刊を取るついでにチラシを取り込む。
もっともらしく並べられた文言の中、わざわざ赤字で縁取られた一文に目を疑った。

“カイロプラクティックの限界を感じているあなた!!”

なんと、いい度胸どころか、むしろ挑発してきやがってたわけだ。
今となっては、ドアホン越しの応対でよかったと思う。
実際に目の前に立っていたら、敵対心むき出しの態度を露わにしていたかもしれない。

それにしても、見れば見るほど腹立たしいチラシである。
「医者からも見放された難病が治った」とか、あたかも奇跡が起こったかのような売り文句。
そんなのは他でもよくある手法だから、どうでもいい。

いくつかの例は動画サイトにもアップしてあるらしい。
きっと素晴らしい編集がなされているのだろう。
全く以って、確認しようという気さえ起らない。

それっくらいに、コイツらはカイロプラクティックを嘗めている。
そして、カイロプラクティックはこれほどまでに嘗められているわけだ。

「これまで、疑問を感じながらも続けていかなければならなかった」
「もうずっと前から行き詰っていたが次の療法に出会えなかった」
「頭蓋骨、脊椎、骨盤のアジャストで本当によくなるのか…段々自信が無くなってきていた」

まあ、このテの悩みを抱えているカイロプラクターも決して少なくはないだろう。
だからと言って、こんなチラシ1枚にホイホイと乗っかって行く人がどれだけいるものなのか。

主催者と思しき人を検索してみるとプロフィールが出てきた。
その中に、カイロプラクティックを学んだという経歴がある。
どうやらカイロプラクティックを知らないわけではないらしい。

それにしては、『おや…??』と首を傾げたくなる文言が並ぶ。

「既成の治療、目の前の患者不在の治療
 お仕着せの治療、押しつけの治療
 そんな治療は最初から限界が見えています」

これを見る限り、残念ながらカイロプラクティックをしっかり勉強したわけではなさそうだ。
というより、理解力が相当足りなかったとしか思えない。

“結果を出せなければカイロプラクティックではない”

度々引用するこのフレーズ。
これに関しては全くその通りだと思っている。

ただし、最終的に結果を出すのは被術者の身体である。
カイロプラクターはアジャストによってそのきっかけを作りだすに過ぎない。

以前にも書いたが、カイロプラクターの仕事は“直す”ことであって、“治す”ことではない。
異論はあるとは思うが、少なくとも私はそう考えている。

それを「その程度のことでは…」として不満に感じる人もいるだろう。
結果を出せずにいる未熟なカイロプラクティック関係者だと、特にそう感じるかもしれない。
そのタイミングでこのチラシの文言に触れたとき、興味を示したとしても不思議ではない。

また、“直す”だけでは飽き足らず、“治す”ことに心を奪われた人もいるだろう。
毎度言っている通り、それならそれで構わないのだ。

ただ、その時点でもはやカイロプラクターではない。
ヒーラーである。
これまた異論はあるのだろうが、私個人の見解としてはそう分類される。
 
「病気・症状は肉体だけを見ていては良くなりません。
 そろそろ抜け出してみては」
 
個人的には意味が分からない。
“抜け出す”というのは、カイロプラクターから抜け出すという意味か??
カイロプラクターではなくヒーラーになれと??

明らかにカイロプラクティックを、そしてカイロプラクターを見下している。
この主催者がカイロプラクターよりヒーラーに魅力を感じたというのはあったのかもしれない。
カイロプラクティックの業界に幻滅したのかもしれない。

だからといって、皆が皆同じ考えであろうはずがない。
その辺りを勘違いしてはいないだろうか。
勘違いを根拠に、迷えるカイロプラクターに救いの手でも差し伸べているつもりなのか。

しかも、一軒一軒訪問ときた。
何故そこまでする??

必死か??
宗教か??

ここまでされると、いろんな意味で邪魔である。
結局のところ、このチラシの主旨はDVDの販売と講習会の勧誘に過ぎないのだ。
個人の小銭稼ぎに巻き込まれるなんて、迷惑以外の何モノでもない。

それでも、心動かされる者はやっぱりいるのだろう。
必死にもがき苦しみ、藁をも掴む思いで伸ばした手の先にチラシがあったのだから。

そもそも十分な教育を受けていなければフィロソフィーが育つはずもない。
そしてフィロソフィーがなければ、自らがカイロプラクターであることの意義も見いだせない。

そう、全ては日本のカイロプラクティック教育の不備によってもたらされたモノ。
教育の不備がカイロプラクティックそのものの不備だと勘違いされている。

カイロプラクティックは決して万能ではないが、その限界もない。
それ故、カイロプラクティックとしての完成形もない、と個人的には思っている。
その一瞬一瞬の全てが“最高の未完成”でなくてはいけないのだ。

繰り返すが、カイロプラクティックに限界はない。
もし「ある」と言うのであれば、それはカイロプラクティックではなくその人個人の限界である。
そして、その限界を定めているのもその人本人なのだ。

確かに教育の問題は重要である。
が、それよりも今は現役カイロプラクターの意識を高める方がより重要に思える。
自分の生業なのだから、置かれている現状に対し向上心をもって向き合ってほしい。

カイロプラクティックをするからカイロプラクター。
カイロプラクターならカイロプラクティックをしなさい。
それもただするのではなく、やるからにはちゃんとしなさい。

ちゃんとカイロプラクティックしなさい。
PR
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Copyright © ちゃんとカイロプラクティックしなさい All Rights Reserved
Powered by ニンジャブログ  Designed by ピンキー・ローン・ピッグ
忍者ブログ / [PR]