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決して上から目線でモノ言うわけではありません。
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謎の東洋人 モト山本
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男性
職業:
カイロプラクター
趣味:
安物腕時計蒐集
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最近、過去の失敗ばかりが頭をよぎる。
それなりに長く生きているので、思い出したくもない失敗だってある。
にもかかわらず、今になって小学校まで遡っての失敗事が思い返されるというのは、我ながらどうかと思う。

こりゃ、よっぽど体調が悪いに違いない。
体調というかメンタルの問題かな。
だからといってどうこうする訳でもなく、半ば当然のように受け止めてしまうところがある。

予約が入っていなければ寂しさを感じる反面、他にできることをやって楽しんでしまう。
そんな中で予約が入ると、『面倒臭いな…』と感じてしまう自分がいる。
それでも、いざカイロプラクティック・テーブルの前に立つと楽しくてしょうがない。

要は、物事における切り替えが下手なのだろう。
良いコトはそれなりに、そして悪いコトは徹底的に後々まで引きずる傾向が強い。
動く私を知る人からすれば周知の事実であるが、実はかなりの面倒な輩なのである。

そんな私を見かねてか、以前手を差し伸べてくれた女性がいた。
ここぞとばかりに思いの丈をぶつけてみたのだが、何か知らんけど途中で怒って帰っていかれてしまった。

どうやら、私の抱えている“闇”は他人様からすると相当に暗いモノらしい…。
ふふ。

そんな私が書いているのが、このブログである。
こうしたブログを書いていると、ガチガチのカイロプラクターだと思われてしまうのかもしれない。
所謂“国際基準”の有無は別として、様々なカイロプラクターがいるのは既知の事実。
ストレートとミキサーというだけでなく、ミキサー自体が多種多様と化している。

中には“アカン飯”よろしく、あり得ない組み合わせのモノも存在していそうな気がしてならない。
そして、それが本当にオイシイのかどうか、甚だ疑問である。
というより、もはやカイロプラクティックではなくなっているに違いない。

“アカン飯”テクニックを用いるのは勝手である。
ただ、それをカイロプラクティックだと名乗られてしまっては相当な迷惑だ。
あまり考えたくはないのだが、単に接点がないだけでそれは極々身近に存在しているのだろう。

何が良くて、何が良くないのか。
その線引きは各自に委ねられ、そこに規制が存在しなければ好き勝手し放題となる。

私の話に戻ろう。
私は決してガチガチのカイロプラクターではない。

ピッチャーに例えれば、オーバースローの本格派ではない。
むしろ真逆に近いアンダースローだ。

直球で勝負するというよりは緩急をつけて勝負するタイプである。
加えて、足の上げ方やスピード、タイミングをも変えている。

もちろん、基本は“アジャストメント”という名の直球だ。
C1にのみ直球を投げ続けるのが、まさに“ストレート”である。
私は必要とあらば、どのレベルでも直球を投げ込んでいる。

もちろん、変化球も使っている。
ただ、“逃げ”で変化球を使っているわけではない。
むしろ、“攻め”の投球をしているつもりだ。

にもかかわらず、私を非難する人がいるかもしれない。
その場合は、単に私の技量不足ということだろう。
スピードがないとか、コントロールが悪いとか、まあそういうことだ。

思った通りにいかない時、よく言われるのが「初心に帰れ!!」。
それで解決することも多いが、そうならないことも少なくない。

また、調子が良かった時を思い返し、イメージを近づけようとするのもよくあるパターン。
「体が覚えているはずだ」とか、勝手なことを言ってみたりするものだ。
だったら忘れんなよ…とか思ってしまうのだが。

ただ、失敗も成功も忘れないといけないのではないか、と最近思う。
過去の成功を経て更に高みを目指そうとするが、その瞬間は確実に後ろを向いている。
つまり過去を向いており、全くもって前向きではない。

過去は勝手に美化されていくから、その分ハードルが高くなっていく。
自分の実力以上の高さになってしまったら、飛べようはずがない。
何でもないちっぽけなことを“過去の栄光”として崇め奉ってしまったが故、変に縛られてしまい身動きが取れなくなっていく。

良くも悪くも、過去に囚われてしまうくらいなら、前向きに構えている方がいい。
過去や歴史は尊重すべきではあるが、それに囚われるモノではないはずだ。
このあたりの線引きが、カイロプラクターのフィロソフィーにも大きな影を落とすことがある。

以前のお題で、“カイロプラクティックは少しだけスゴければいい”旨のことを書いた。
今でも、そう思う部分に変化はない。
ただ世間的には少しのスゴさも感じられず、にもかかわらずそこに存在している、そんな感じだ。

今のカイロプラクティックは普通になってしまっているのかもしれない。
何だか分からないし、理解されていないにもかかわらず、フツーである。

それはおそらくカイロプラクティックではなく、カイロプラクターの所為だ。
カイロプラクターがフツーで満足してしまっている。
それが今の、現在のこの体たらくである。

となると、やっぱりフツーじゃだめだ。
圧倒的でなくてはならない。

少しのスゴさで、それでいて圧倒的。
どーだ、ヤヤコシイだろう??

だから纏まらないのかもな。
そのうち少しだけスゴい暴動でも起こるんじゃないのか??

世界で最も暴動の起こらない破綻国家、日本。
長らく不景気でカイロプラクティックのオフィスを訪れる人も減っているとよく耳にする。

さて2013年、カイロプラクティックを取り巻く環境はどう変化するのだろうか??
それとも、カイロプラクターがムーブメントを起こせるのか??

全ては数時間後から明らかになる。

では、よいお年を。

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